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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1581号 判決

控訴人 西川武司

被控訴人 株式会社富士電化センター

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、当審における鑑定人本木健司の鑑定の結果及び控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

一  成立に争いのない甲第一四ないし第一八号証の各一、二、第一九号証、第二〇、第二一号証の各一、二、第二二ないし第三三号証、原審における被控訴人代表者尋問の結果により成立の認められる甲第五、第六号証及び右被控訴人代表者尋問の結果によると、電気工事の請負を業とする被控訴人は、建設業を営んでいた訴外植松進に対し、昭和五二年六月九日当時支払期日未到来の分を含め合計金八四五万七一四〇円の約束手形金債権を有していたことが認められ、他に右認定を覆す証拠はない。

二  ところで、成立に争いのない甲第一〇号証、乙第二二号証の一、二(甲第一一号証と同一)、原審における被控訴人代表者尋問の結果によつて成立の認められる甲第一二号証、原審における控訴人本人尋問の結果によつて成立の認められる乙第一二号証、第一五号証、第一六号証の一ないし六、原審証人植松進の証言によつて成立の認められる乙第一三、第一四号証の各一、二、原審証人北山和美、同植松進の各証言、原審における被控訴人代表者尋問の結果、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

1  訴外植松進は、かねてから個人で建設業を営み、昭和五一年一二月有限会社植松建設を設立したが、実態は依然として個人営業と変りがなかつた。

2  ところが、右訴外人の営業状態が昭和五二年四月ごろから悪化して資金繰りが苦しくなり、同年六月一〇日を支払期日とする約七〇〇万円の手形が決済できなくなつたため、植松進は同月七、八日ころ右植松建設の取締役として名を連ねていた訴外佐野猛に相談したところ、同訴外人から爾後の整理は同訴外人において処理するので暫く身を隠していた方がよいと勧められたところから、同訴外人に言われるままに、会社を経営して行くことができないので暫く身を引かせて貰いたい、あとの整理は右訴外人に一切委せる、本件土地建物については右訴外人に所有権移転登記手続をすることを承諾する等の内容の書面を作成し、前記訴外会社及び訴外植松個人の印鑑、ゴム印、印鑑証明書ならびに白紙委任状を本件土地建物の登記済み証とともに訴外佐野に交付したうえ、そのまま居住地を離れた。

3  一方、材木商である控訴人は昭和五一年ころから訴外植松に対し資金を貸付けたり、材木を売掛けたりして昭和五二年六月一〇日の時点で合計約一五六〇万円の売掛代金債権を有していたが、前記のように訴外植松が所在を晦したことを知るや直ちに同訴外人のもとにあつた材木を車で運び出すとともに、本件土地建物につきいずれも同月一〇日受付第一〇四三九号をもつて訴外植松から控訴人に対する同年三月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続を了した(同所有権移転登記手続を了した事実は当事者間に争いがない。)。

4  訴外植松は、昭和五二年四、五月ころ控訴人から本件土地建物を担保として提供することを求められたが拒否したことがあり、同訴外人は前記のようにその所在を晦すまでに本件土地建物を控訴人に売渡したことはなく、同年七、八月ころその逃避先であつた福岡市のホテルに尋ねてきた前記訴外佐野から言われるままに本件土地建物を取引の保証として控訴人に差入れる旨の同年一月二五日付の念書(乙第一号証)、本件土地建物を代金三二〇〇万円で控訴人に売渡す旨の同年三月二八日付の売買契約書(乙第二号証)及び右売買代金の内金四〇〇万円を受領した旨の領収証(乙第一八号証)を作成して訴外佐野に交付した。

5  前記昭和五二年六月一〇日当時、訴外植松は控訴人、被控訴人を含め十数人の債権者に対し総計約五五〇〇万円の債務を負担しており、一方資産としては本件土地建物以外に山林四筆を所有していたが、同山林は既に他の借受金の担保に差入れられていて、右債権者らに対する弁済に充てる資産としては本件土地建物のみであつた。

以上の事実が認められ、これらの事実を総合するならば、控訴人は自己の債権回収のため昭和五二年六月一〇日ころ、訴外植松の代理人である訴外佐野から本件土地建物を買受けたもので、右訴外佐野は訴外植松の他の債権者を害することを知悉しながら売渡し、また控訴人もこれを知りながら買受けたものであると認めざるを得ない。右認定に反する乙第一、二号証の記載、原審証人関清吉、同佐野猛の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうだとするならば、他に特段の事情の存在につき主張立証のない本件においては、訴外植松と控訴人間の本件土地建物についての売買契約は詐害行為にあたるものというべきである。

三  しかして、本件土地建物につき静岡地方法務局富士宮出張所昭和五二年一月六日受付、同月五日設定の極度額金三一二〇万円、根抵当権者静岡県信用保証協会なる根抵当権設定登記が存在したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三号証によると、右保証協会の抵当債権額は、昭和五二年六月末で金二六七〇万円、同年一〇月七日現在で金二七八〇万〇一四四円であつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

抵当権の設定されている不動産の譲渡行為が詐害行為となる場合、その取消は右不動産の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許され、債権者は右一部取消の限度で価格の賠償を請求するほかなく、右価格は特別の事情がないかぎり当該詐害行為取消訴訟の事実審口頭弁論終結時を基準として算定すべきものと解するのが相当である。

もつとも、本件においては、前掲乙第三号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果により成立の認められる乙第四、第五号証及び右控訴人本人尋問の結果によると、本件土地建物に附されていた前記根抵当権の被担保債務については、控訴人において昭和五二年一二月二三日静岡県信用保証協会に対し金二八一〇万円を弁済し、右根抵当権を消滅させたことが認められるが、右のとおり本件根抵当権の消滅は控訴人の出捐によるものであるから、抵当権がなお存続する場合と同視して前記と同様に解するのが相当というべきである。

そこで、当審口頭弁論終結時における本件土地建物の価格を検討するに、原審証人藁科整の証言により成立の認められる甲第一三号証及び右証言によると、同人の評価による本件土地建物の価格は、昭和五二年六月一〇日の時点で金三九六〇万円、昭和五五年一月一一日の時点で金四四六四万円であり、原審における鑑定人金子亘利の鑑定結果ではその評価額が昭和五二年六月一〇日の時点でのそれが金二七〇三万円、昭和五五年一一月二五日の時点におけるそれが金三九〇八万九〇〇〇円であり、また当審における鑑定人本木健司の鑑定結果では、昭和五二年六月一〇日の時点におけるそれが金二五〇二万円、昭和五七年二月一日の時点におけるそれが金四〇二四万五〇〇〇円であることが明らかであり、右三者の鑑定評価の内容及び結果をそれぞれ比較検討すると、当審口頭弁論終結日であることが記録上明らかな昭和五七年六月七日の時点における本件土地建物の価格は少くとも金三九一〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

従つて、本件売買契約は右金三九一〇万円と前記金二八一〇万円の差額である金一一〇〇万円の範囲に限つて取消され、控訴人は被控訴人に対し右の金員を賠償すべき義務があるが、本件所有権移転登記の抹消登記手続に応ずべき義務はないものといわざるを得ない。

以上の次第で、被控訴人の本訴主位的請求、予備的請求は右の限度において理由があり、これを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、右と一部結論を異にする原判決はその限度で不当であるが、本件においては被控訴人から控訴ないし附帯控訴の申立がないので原判決をあらためる余地はなく、結局本件控訴はこれを棄却するほかない(なお原判決主文第一項は単に本件売買契約を取消すとあるが、右は同第二項の金五〇五万円の範囲で取消す趣旨であることは弁論の全趣旨により明らかである。)。よつて、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上泉 小川昭二郎 山崎健二)

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